die einfache Fahrkarte

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東京湾停泊中「やまと」と「たつなみ」 
2007年12月23日(日)22:41
 もし、山中と速水がライバルかつ友人という、海江田と深町の関係に近い状態だったら、一緒に艦長になって演習で手合わせしようとか約束をしているかもしれないと思いました。
 それで、勝手にその約束を反故にした山中に対して速水が怒っていたら萌える。

 ということを考えていたところ、もしかして海江田が上陸して条約締結を行っていた頃、「現在指揮をとっているのは副長の山中 きさまだろう」のあと、深町は総理に呼ばれて海江田とさみしくすれ違いましたが、あのとき「たつなみ」の指揮をとっていたのは速水だったわけで、あ!もしかしてこれって一瞬だけど山中VS速水?と思い至りました。

 これ、萌える。萌えるよ……!
 私だけですか!?

 「やまと」VS「たつなみ」というか一方的に深町が海江田海江田と追い掛け回しているだけのようでもありますが、それはつまり海江田VS深町です。勝手に山中と速水の間にライバル関係があると思い込んでいる私にとって、東京湾でのここだけが1艦をあずかる立場の山中と速水として、非常に萌えどころであると感じます。

 お互い意識しぬいていればいいよ!


外套 
2007年12月17日(月)21:47
 海江田と山中はあのもこもこコートを着ていましたが、深町はトレンチ、速水はコート無しです。渡瀬と南波も。
 どうして海自の外套を着て行かなかったのでしょう。

 外套を着ていたら、もっと視覚的に萌えられたかもしれないのに!

 しかし、深町には外套よりもトレンチのほうが似合っていた気もします。どうにも銭形っぽいところがまた良かったです。外套だったら逆にダメだったかもしれません。
 でも速水には外套も似合うかと……真冬のNYなんだからいくらなんでも、と思います。


雨の日に 
2007年12月15日(土)15:01
 隣に並んで一緒に濡れることは出来ても傘を差しかけることは出来ない、と海江田に対してもどかしい思いを抱えるのが深町と山中とどちらがよりいっそう萌えるか真剣に悩んでいます。
 海江田に対する深町と山中の立ち位置って、隣(やや後方)にいるか向かい合っている(もしくは背中合わせ)かの違いだと思うのです。

 事件後山中は、本当に一緒に濡れたことが良かったんだろうかと、後々振り返るのではないかとか、深町は一緒に濡れてやることも出来なかった、させてもらえなかったと少し悔しく思うんじゃないだろうかとか、妄想しております。

 深町は結局巻き込まれたというか首をつっこんだわけですが、最初期は海江田の計画からは思いっきり無視されていたでしょう。「世界をひとつの国家とするのだ」と言われて、それが確かに真実だったけれども、その他は世界に向けての発言ばかりで深町もその他大勢の一人でした。
 山中は、私の妄想だと一番最初に計画を打ち明けられたひとでして、でもそのときには海江田は完全に覚悟を決めていたと思います。山中は海江田のサポートに徹し、山中無しでは海江田の計画は立ち行かなかったでしょうが、やはり海江田は自分だけで決めてどんどん進んでいってしまうところがあると思うので、ちゃんと支えになっているのか悩んだこともあるんじゃないかと思います。それで、海江田が結局「やまと」へ戻って来なかったし、海江田の希望をかなえるために行動したことは本当に良いことだったのか、常に迷いを感じていたのではないかと思います。

 二人とも、海江田が抱える孤独と、「幸福だ」と言ってはいましたがやはり、悦子が言ったような「世界でたったひとり」の孤独を、どうにかすることは出来なかった(実際海江田は満足していたのだと思いますが、深町と山中にはそうは見えなかったのではないでしょうか)との思いを捨てきれないような気がします。